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佐々木英一『ドイツ・デュアルシステムの新展開』(法律文化社、2005年) [経済]

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昨年の11月、海外7ヵ国の経営者団体の中堅幹部から話を聞く機会があった。その中で、ドイツのデュッセルドルフの経営者団体が行ったプレゼンのデュアルシステムの話が興味深かった。団体が直面する重要課題として「熟練労働者の不足問題」を取り上げ、それへの対応として、職業教育訓練、高齢者・女性の活用、EU内外の労働力の活用の3つを指摘し、中でも職業教育訓練の重要性を強調していた。日本では、このごろ建設作業者の人手不足が問題となっているが、製造業ではあまり大きな問題としては取り上げられていない。また、人手不足への対応として外国人労働者の活用が問題となることはあるが、日本の若年者に対する職業教育訓練の役割が強調されることは少ない。

 

プレゼンの中にあったドイツの職業教育訓練とは、具体的にはデュアルシステム(企業とパートタイムの職業学校の2つで構成される)のことだ。中等学校を卒業した若者の約6割はこのデュアルシステムの下で職業訓練をスタートさせる。訓練は約350種類の職業をカバーし、23年半かかり、中途退学率(訓練先企業や訓練職種の変更を含む)は約2割という。さらに注目すべきは企業や経営者団体がデュアルシステムの運営に積極的に関わっていることだ(年間240億ユーロを投資、約50万人の訓練生が修了)。さらに、企業にとってデュアルシステムが魅力的である理由を6つ挙げていた。①会社の必要に応じた訓練、②実用的な訓練の重視、③会社生活への順応、④変動の少なさ、⑤採用・訓練コストの節約、⑥優秀な訓練生を選抜する機会。

 

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この話がきっかけで、ドイツのデュアルシステムについてもっと知りたいと思って読んだのが、佐々木英一『ドイツ・デュアルシステムの新展開』(法律文化社、2005年)だ。この本の主たるテーマは、ドイツのデュアルシステムが1990年代以降、いかに変容してきたかであり、それをめぐる各種調査、報告書や識者の見解の紹介、解説等を行っている。興味深い内容ではあったが、1980年代までのデュアルシステムがそもそもどのようなものであったのかという説明が簡略に過ぎる点、1990年代以降の変容の理由に関する追究が今ひとつ足りないように感じられた点は少々残念だった。

 

それはともかく、1990年代以降の変容とは、具体的にはつぎのような点である(第1章)。第一は、デュアルシステムに対する社会的評価が低下したこと。かつてはデュアルシステムを修了すれば熟練資格を持った労働者として堅実な人生を見通せたのが、デュアルシステム以外のルート出身者の増加に押され、そうした見通しがより不確実となった。第二は、大学生の数がデュアルシステム訓練生の数を超えるなど、デュアルシステムが量的、質的に低下したこと。具体的には、訓練志望者数の減少、訓練生の平均能力の低下、訓練からの脱落率の上昇、非就業者(訓練修了後)の増加、企業のデュアルシステムからの離脱、職業教育・訓練両機能の低下などである。

 

こうした大まかな趨勢変化とともに、企業の職業訓練財政(第2章)、企業のデュアルシステムに対する評価(第3章)、政府による財政負担(第4章)、デュアルシステムのガバナンス構造(第5章)、学校型職業教育の現状(第6章)で、デュアルシステム変容の実態についてより詳しく分析している。その中でも特に興味深かったのはデュアルシステムの財政負担問題である。デュアルシステムの下では、職業学校部分の経費は州政府が、企業訓練経費は個別企業が負担するのが基本である(p. 103)。ただ、企業訓練の収益は必ずしも訓練実施企業に帰属するわけではない。第一に、訓練生は訓練期間中、当該企業の従業員ではない(雇用契約ではなく訓練契約を結んでいる)。第二に、実地訓練の内容は連邦政府が示した訓練基準に拘束される。第三に、訓練生は訓練修了後、会議所が行う修了試験に合格してはじめて熟練資格(企業を超えた通用性を持つ)を得る。訓練生は、訓練実施企業に就職する義務も権利もなく、企業も訓練生を雇用する義務を持たない。

 

すなわち、公共的な性格の強い職業訓練の費用を個別企業が負担しているとも言えるのである。(もっとも、雇用機会として魅力的な企業と、優秀な訓練生の間では結果的に雇用契約に至ることが多いであろうから、訓練実施企業に全く私的利益が生じないわけではない。)そしてこうした役割分担は、国が労使双方の団体に委任し、それを受けて経営者団体が合意したものとして正当性を有する(「合意原理」:Konsensprinzip)。著者は、こうした合意原理の揺らぎを指摘しているのだが、それにしても、経営者団体や個別企業が国全体の職業訓練システムに積極的に関与するという社会的仕組みはわが国では考えにくい。日本の現状をみるに、職業訓練は個別企業が行うものというのが原則で、長引くデフレ経済下で職業訓練投資は停滞が続いた。一方、未就業者や失業中の転職者に関しては公的支援が必要だが、その規模、実施主体、訓練内容等については問題が多い。私自身も何かいい案はないかと考えあぐねている状態だ。

 

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おそらくドイツのデュアルシステムに最も近い日本の制度と言えば、高度成長期、かなりの数の大規模メーカーで行われていた養成工制度ではないかと思う。中卒者を対象に3年間、企業内の学校(施設)で高校程度の座学を行うとともに、工場の現場で実地訓練を行い、将来の中核的技能者を育成していた(その概略は、例えば上野隆幸「養成工制度の特質と生産性向上への貢献」、東京都立労働研究所『労働研究所報』No. 1919983月を参照)。授業料は無料で、奨学金ないし賃金が支払われたため、経済的余裕はないが成績優秀な中卒男子には魅力的な制度だった。学校(日本の場合、学校の形態を取らない場合も含まれるが)での座学と企業での実習を組み合わせた養成訓練の仕組みである点は、ドイツのデュアルシステムと共通している。一方、日本では、ドイツのように全国的に広く普及した制度ではなく、業種や企業規模の偏り(金属・機械工業の大企業)が大きかった点、教育・実習内容に関しても企業独自性が高かった点、生徒(実習生)は実習先の企業に就職することが前提とされていた点などは異なる。

 

ところで数年前、私が教えている大学のゼミでこの養成工制度の話をしたところ、「それって、トヨタ学園みたいなところのことですか?」と聞いてきた学生がいた。

*トヨタ工業学園のサイトは、http://www.toyota.co.jp/company/gakuen/main.html

私はその学生が豊田市出身であることは知っていたが、話を聞くと、彼のお父さんはトヨタ学園出身の溶接工で、彼自身も高校受験のときトヨタ学園への進学を考えたという。実際には、地元の普通高校から、東京の私大(文系)に進み、地元の銀行に就職したのだが、お父さんは生産現場で働くことの大変さを息子によく語っていたようだ。世界に冠たるトヨタのモノづくりと、そこで働く中核技能者の息子のモノづくり離れ、何とも複雑な気持ちになった。

 


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