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原田節雄『ソニー 失われた20年』(さくら舎、2012年) [読書]

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前々回の記事で辻野晃一郎『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』(新潮社、2010年)を取り上げたが、ソニー本としては、もう1冊、原田節雄『ソニー 失われた20年』(さくら舎、2012年)を外すことはできない。やはりソニーの元インサイダーによる経営批判の書であり、歴史的、制度的な情報が詳しいことに加え、これまでの多くの経営幹部を個人名で批判のまな板にのせている。個人名を挙げて批判するのは、「悪いのは組織ではなく個人である」との著者の考えによる。

 

著者によれば、大賀は優秀なライバルたちを排除して後継者を育てず、出井は自己顕示欲の強いアメリカかぶれ、ストリンガーに至ってはそもそもソニーの事業をまともに把握していなかった、ということになる。辻野氏に関しても、批判的に紹介している(p. 305p.3292箇所)。全くの部外者である私が、こうした個人批判の妥当性を適切に評価することはできないが、企業経営の最高責任者が長期にわたる業績低迷の責任を負うべきことは当然であろう。

 

ただ、私にとって最も興味深かったのは、主に出井時代に行われた組織改革、人事制度改革に対する著者の評価だ。1990年代後半から2000年代前半にかけて、日本の経営者や評論家、メディア等の間では無批判なアメリカ模倣がある種の流行となったが、そうした動きにかなりの違和感を抱いていた私にとって、「やっぱり」という指摘がいくつもあった。以下、いくつか例を挙げる。

 

     *     *     *

 

・ 大賀時代に導入された「成果主義」p. 75)。「間接業務に成果主義が導入されると、成果を文字として文書に残さなければなりません。」「誰かが何かを成し遂げたときには、その周囲に大勢の名もない協力者が存在します。ところが、大賀以降のソニー流成果主義の下では、あたかも自分一人が音頭を取って成功したとしなければ評価されません。当然のごとく、自分が成功させたと宣伝する社員が増えてしまいます。」

 

1994年、社内カンパニー制の導入pp. 138-146)。「従来から馴染んできた事業部制を廃止し、テレビ、オーディオ、ビデオなどの分野の事業部門を名目上、分社化したのです。」「事業部制に比べたカンパニー制とは、各ビジネスユニットへより大幅に経営権限を委譲した事業形態で、部門ごとに販売や開発の責任を持たせるだけではなくて、擬似的に投資や資金調達の責任まで持たせる形態です。各カンパニーにプレジデント(いわゆる社長ではない)を置き、それなりの責任を与えて独自に業績を上げてもらおうという考え方のカンパニー制ですが、それはカンパニー制への改名や改革を必要とするものではありません。それは事業本部と営業本部を再編成すれば済むことです。」(各カンパニープレジデントは)「出井に気に入られるために、自分が取り仕切るカンパニーの収益だけを考えるようになります。そうして、カンパニーの機能を統合的に管理する経営ではなくて、各カンパニーの収益を単純に合計する経営が進められていきます。」「ソニーが市場で勝負する商品を決めたり市場から撤退する分野を決めたりする企業戦略は、一つの傘の下で立てられるべきもので、個々のカンパニーのアウトプットから判断するべきものではありません。」「単一分野の事業を各カンパニーに分割して丸投げしていては、経営資源の活用などできませんし、全体最適を考えることもできません。また、事業部門どうしのシナジー効果が強く期待されるソニーのような企業では、単純に不採算部門から撤退してもいけません。」

 

・ 事業部門別成果主義(EVApp. 156-164)。「ソニーのEVAとは、事業部門別成果主義のことで、同一企業の中で偶然、割り振られた担当事業の部門ごとに報酬格差を付けることです。」「心ある事業部長なら、短期と長期の事業をバランスよく計画して業務を進めます。もちろん、自分の事業部だけの業績を考えて働くこともありません。それでもソニー全体のことを考える役員が上に一人もいなければ、そして自分のことだけしか考えない役員ばかりになったなら、ソニーの全体最適や時間最適を考える部長の数も減っていきます。」「ソニーのEVAのさらなる問題は、その業績配分が個々の社員にとって個人別の配分比率なのか、人員構成を無視した部門別の総額配分比率なのか、まったくわからないことです。実際は、所属する社員の格付に応じた、個人業績給の配分割合比率になります。」「EVAは企業評価尺度の一つであるとしても、会社内の部門評価尺度として使える評価システムではありません。EVAはソニー株式会社本体を同業他社と比較するときだけに適用できる単純な評価尺度です。」

 

C3チャレンジと個人成果主義(VB/CGpp. 164-186)。2000年に導入されたC3Cキューブ)チャレンジ制度とは、「約束(commitment)をベースにして、会社(安藤社長)と個人(社員)の間に新しい関係を構築し、真の貢献・成果(contribution)を期待し、それにふさわしい報酬(compensation)の実現を目的とする制度です。」「C3チャレンジでは、C3チャレンジシートを記入して、個人が半期ごとに自分の仕事の現状と進捗を確認し、上司と話し合って業績評価を決めて、報酬の根拠にしていきます。」「ほとんどの昇格は恣意的に決まりますから、この半期ごとの評価は業績給へ反映されるものだと捉えるべきでしょう。実際、C3チャレンジシートの上司評価が何年も連続してAクラスでも、いつまでも昇格しない人もいます。」

 

 「目標設定による成果主義、C3チャレンジ制度の導入にともない、バリューバンド(value band)という職能格制度が社内に導入されました。職務遂行能力で判断する職能資格制度の給与体系を廃し、職務を通じた貢献に着目して、その価値を評価・判定し、会社と個人の関係をより対等にするのが目的だとされています。」「バリューバンド制度は、上司が部下に異動を言い渡すことで、簡単に年俸を上げたり下げたりすることができるツールになるのです。」「サラリーマン社会では、社員個人が担当する職務は、個人が自分勝手に決められるものではありません。それは上司が決めるものです。」「上司の目が節穴だとしたら、そして上司が私利私欲の人だとしたら、その部下は悲惨です。」

 

1997年、取締役会の改革と執行役員制度の導入。2003年、委員会等設置会社への移行pp. 196-207)。「ソニーは井深社長の時代、1970年に社外取締役制度を導入しています。・・・ニューヨーク証券取引所(NYSE)へ米国委託証券(ADR)の上場を始めたことでNYSEの上場規則が適用され、2名の社外取締役を登用せざるを得なかったのです。」「ソニーは1997年に38人の取締役を10人に絞り込み、そのうち3人を社外取締役にしました。商法上の取締役から外れた人の多くは、実際の業務遂行に責任をもつ執行役員になり、執行役員専務、執行役員上席常務、執行役員常務の肩書きが与えられました。」「取締役と執行役員の分離は、経営を監視する前者と日常業務を担う後者を分けるためだとされます。・・・しかし、まったくバカげた話です。企業戦略が立てられない社外取締役に、その企業の経営監督はできないからです。」「複雑な業態の大企業で社外取締役が関与できることは皆無に近いでしょう。」「取締役から社内の人間を排除していくことが目的です。すなわち、ソニーでは政治の世界から技術者を排除することになります。」「社外取締役は該当企業の事業運営の門外漢ですから、会議で必要とされる議論には参加しないで、自分の得意分野のことを延々と話し続けます。」

 

「ソニー凋落の起点だと筆者が確信する2003年の委員会等設置会社移行時の取締役会と取締役の構成を表21に・・・示します。」それによると、全取締役17人中、8人が社外取締役。「ソニーの社外取締役に聞きたいことがあります。あなたたちは、ソニー本社の何を知り、ソニー関連会社の何を知り、ソニーのロゴの歴史と意味をどれだけ理解しているのかと。そして、派遣社員や末端の従業員を含めて、ソニーの名の下で働く人たちとソニーという会社をどれだけ大切にしているのかと。」「出井時代から、ソニーの社外取締役制度とは、ソニーのことを知らない社外の有名人を集めて、仲良しグループの互助会を構成する仕組みのことになりました。」

 

*     *     *

 

それぞれの制度のネガティブな側面を強調しすぎた引用になっているかもしれない。しかし、これらの新たに導入されたアメリカ流の(?)制度が運用の仕方によっては企業経営に大きな負の影響をもたらすことは、いくら強調してもしすぎることはないだろう。

 

このほか、本書では、ソニー、パナソニックが推すブルーレイディスクと東芝が推すHDD DVDの規格争い、非接触ICカードの規格争い(ソニーが開発したタイプCJR東日本のスイカに使われたが、日本の官公庁の多くはモトローラが開発したタイプBを使っている)などに関する記述が興味深かった(第8章)。こうした規格争いは、単に業界内の技術競争ではなく、他業種との連携や国際政治が絡んだ覇権争いになっているのである。官をたたいて、その役割をただ低めればよいかのごとき最近の風潮が、いかに皮相なものか思い知らされる。

 

ソニーの経営不振は一企業の問題にとどまらず、日本経済・社会のあり方をどう考えるかという大きな問題とダブっている、との感を強く抱いた。


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原田節雄

読後感、読ませていただきました。著者の真意が伝わったようで嬉しく思いました。近著の「本質と現象の経営戦略」に、経営学の立場からソニー衰退の原因を描きました。併せてご一読くだされば幸いです。
by 原田節雄 (2014-12-07 00:01) 

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