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CSRとCSV(1) [経済]

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成田からシンガポールへの機中、航空会社の機内誌を何気なくパラパラとめくっていたら、巻頭の「ごあいさつ」の中の次の一節が目に止まった(伊東信一郎「「ANAこころの森」への思い」、『翼の王国』20133月)。

 

昨今、CSRCorporate Social Responsibility 企業の社会的責任)という概念に加え、CSVCreating Shared Value 共通価値の創造)という言葉をよく聞くようになりました。これは「社会と企業にとっての価値を両立させ、企業の事業活動を通じて社会的な課題を解決していく」という概念ですが、私共の事業を通じ、いかに被災地、日本、そして世界の元気に貢献できるのかを考え、実践していく必要があると思っております。

 

CSVという略語は、マイケル・ポーター(ハーバード大学教授)の発案らしいが、この考え方自体は、CSRの理解の仕方として最近の国際的な主流になりつつあると思われる。そもそもCSRという言葉に学術的に厳密な定義があるとは私は思っていないが、企業家たちにどう理解されているかという観点からすると、以下のような整理が可能であろう。

 

1.法令を遵守すること

2.利益を上げ、増やすこと

3.慈善活動を行うこと

4.企業理念や戦略を遂行する中で、社会的価値を創出すること

 

1は、「コンプライアンス」の呼び名で知られているが、実態はともかくとして、法治国家である以上、CSRをどう定義するかに関わりなく、企業にとって最低限の要件というべきあろう。

 

2は、かつてミルトン・フリードマンなど市場メカニズムを神聖視する経済学者らによって唱えられた考え方だ。しかし、現実の市場経済はさまざまな不備を抱えており、企業の利益が社会的貢献の程度と一致する保障はない。例えば、リーマンショックを期に米欧の大手投資銀行等に対する批判が高まったが、私は、批判されて当然という側面が多々あったと考えている。若者に身近なところでは「コンプガチャ」問題があろうか。(実は、「コンプガチャ」がどういうものか、私自身はよくわかっていない。昨夏、ゼミ合宿の課題レポートでこのテーマを取り上げた学生がいたのだが、「えっ、昆布茶? それが何か社会正義と関係あるの?」と思ったくらいだ。)

 

3は、CSRの定義として伝統的におなじみであろう。「フィランソロピー」や「メセナ」などの外来語も比較的よく知られている。企業がこうした活動をすること自体、私は素晴らしいことだと思っている。ただし、ガバナンスの観点から見て、オーナー支配的な実態の強い企業でないと大規模に行うのは難しいのではないだろうか。さらに言えば、いかなる(営利)企業であっても、こうした活動の範囲や規模は限定的にならざるを得ないと思う。例えば、ユニリーバは石鹸の製造・販売を通じて健康の増進という社会目的に貢献しているが、インドの貧困層(手で食事をするが、石鹸による手洗いが根付いていない)に対して、無償で石鹸を提供するのではなく、有償で販売するとともに、価格設定、生活面の教育、販路の工夫等を行ってきたのは立派なCSRだと思っている。石鹸を無償で提供しただけでは、人々はそれで手を洗うようにはならないかもしれないし、そもそも企業はそうした活動をいつまでも継続することはできない。

 

そこで出てくるのが4の考え方だ。2の考え方を、より広い社会的文脈の中で再定義したものと言えるかもしれない。それだけに、「単に本業で儲けるというだけのことでは?」との批判もあり得よう。しかし、私自身は、社会にちゃんと貢献しているのであれば、そうした事業が維持され、発展していくために適切な利益を上げていくことは何ら問題ないと思っている。例えば、アップルのスティ-ブ・ジョブズは、マイクロソフトのビル・ゲイツのように慈善活動に熱心ではなかった。しかし、その多くの革新的製品が世界中の多くの消費者を魅了したことは確かな事実であって、たいした社会的貢献を行ったと言うべきではないか。

 

ちなみに、日本では経済同友会が、企業に対して、どのような項目がCSRに含まれているかを尋ねたアンケート調査がある(経済同友会「日本企業のCSR-進化の軌跡-」20104月)。それによると、第1位は「より良い商品・サービスを提供すること」(91%)、第2位は「法令を遵守し、倫理的行動をとること」(89%)であり、上でみたCSRの定義と対照させると、14の定義との親和性が高い。一方、2の定義に近い「収益をあげ、税金を納めること」(71%)は第5位、「株主やオーナーに配当すること」(61%)は第8位だ。さらに、3の定義に相当する「フィランソロピーやメセナ活動を通じて社会に貢献すること」(39%)に至っては第11位だ。

 

さて、以上が前置きだが、CSR4のように定義することは、問題の到達点ではなく、出発点に過ぎないというのが、今回私が感じたことだ。ポイントは2つある。「社会的貢献」とか「社会的価値の創出」と口では簡単に言うが、何がそれらに含まれ、何が含まれないのか。例えば、原発を推進することが社会にとってプラスなのか、廃止することがプラスなのか。われわれは、この問題にいつまでも背を向けることはできないが、社会的な合意は未だとれていない。これは政治の問題だとか、科学の問題だとか、さまざまな側面があるのは事実だが、企業の問題という側面も間違いなくある。

 

もう一つは、望ましい「社会的価値」は単一かという問題だ。われわれの価値観が多様であることを、「社会的価値」なるものも反映すべきではないのか。また、現実の企業もその理念や戦略、能力(コア・コンピタンス)等は多様である。してみると、CSRの活動内容や方法も必然的に多様であるべきではないのか。

 

これら2つのポイントは、私が、今回パネル・ディスカッションに参加した企業の報告や、聴衆との質疑等を聞きながら感じたことである。その内容は、次回、紹介したい。

 

冒頭の写真は、シンガポール植物園(Singapore Botanic Gardens)にて。

 


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