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カミュ「最初の人間」(Le Premier Homme)(1) [読書]

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アルベール・カミュ(Albert Camus)は、19131117日、アルジェリアのBône(現Annaba)近郊の町、Mondoviに生まれ、196014日、フランス、パリ近郊フォンテーヌブローの森の南西にある町、Villeblevinで自動車事故のため死亡した。今年はちょうど生誕100年にあたる。交通事故で死んだカミュの鞄の中から、未完成の小説の原稿「最初の人間」が発見されたが、それを公表すべきか否か長らく議論があった。1994年に公刊された今となっても、公表すべきではなかったという人がいる。例えば、私が2009年、パリのフランス語学校で1回だけ授業を受けたことのある女性教師は公表に反対の立場だった。

 

彼女は、当初、授業担当の予定だった先生が電車のストで来られなくなり、当日の朝になってピンチヒッターを頼まれたのだった。準備の時間がなかったこともあり、なぜかたまたま(?)持っていたカミュの戯曲「誤解」(Le Malentendu)から、56ページずつのコピーを21組の生徒のグループそれぞれに渡し、それを今から暗記して、宿屋の女主人と娘の会話をみんなの前で再現しなさいと指示した。少々無茶ぶりだったが、今となってはいい思い出だ。それはともかく、彼女は、イントロとしてカミュの簡単な紹介をした際、作家本人が完成した作品とはみなしていないものを公刊するのは反対だと、はっきり言っていた。

 

当時の私は、そうした彼女の主張の意味を表面的にしか捉えることができなかったが、今回、実際に「最初の人間」を読んでみて、なるほど、これは謎の多い作品だなと思った。例えば、映画版では主要なモチーフとして強調されていたアルジェリア問題だが、小説にはほとんど全く登場しない。逆に言うと、映画版では、小説に全く書かれていないエピソードが挿入されたり、あるいは小説のエピソードが脚色されたりしている。しかも、ほとんどの場合、アルジェリア問題をどぎつく示す方向に変えられている。具体例を挙げよう。

 

1957年、アルジェ。映画では、作家ジャック・コルムリ(Jacques Cormery)がアルジェに帰郷し、大学でアルジェリア問題について講演する。この話は小説には全く出てこない。

 

1924年、アルジェ。映画では、少年のジャックがアラブ人の犬の捕獲人の檻を開けて犬を放し、代わりに自分が捕まってしまう。犬の捕獲人の話は小説にも出てくるが、(アラブ人も含め)町の人からは嫌われ者の存在として描かれている(新潮文庫版pp. 174-176foliopp. 157-160)。ジャックらは、捕獲人が野良犬に近づこうとすると「ガルーファ(犬の捕獲人のこと)だ、ガルーファだ」と叫んで犬の捕獲を妨害するが、檻を開けて犬を逃がしたりしたわけではない。また、ジャックが犬の捕獲人に捕まったこともないし、そもそもフランス人の悪ガキが貧しいアラブ人の仕事を邪魔するという視点では書かれていない。

 

1924年、アルジェ。映画では、祖母のお使いで肉を買いに行ったジャックがお金をちょろまかす話が出てくる。小説でも、ジャックがパン屋にポテトグラタンを買いに行ったときの話として、似たエピソードが出てくる(新潮文庫版pp. 112-115foliopp. 100-103)。

 

1924年、アルジェ。映画では、小学校のベルナール先生がジャックの家を訪れ、祖母と母親に対しジャックの進学を説得する。これは小説でも同じ話が出てくる(新潮文庫版pp. 199-201foliopp. 179-181)。

 

1957年、アルジェ。映画では、アルジェに帰郷したジャックがベルナール先生と再会し、アルジェリア問題について小説を書くよう薦められる。ジャックがベルナール先生と再会する話は小説にも出てくるが、先生がジャックにアルジェリア問題を取り上げるように言ったことはない(新潮文庫版pp. 184-185foliop. 167)。出てくるのは、例えば次のような話だ。ベルナール先生は自身が従軍し、ジャックの父親も戦死した第1次大戦の話をときどき授業で取り上げ、ドルジュレスの「木の十字架」«Les Croix de bois»を読んで聞かせることがあった。そして、再会したジャックにこの本を渡す。「君は最後の日に泣いていたね。覚えているかね? あの日以来、この本は君のものだ。」«Tu as pleuré le dernier jour, tu te souviens? Depuis ce jour, ce livre t’appartient. »

 

1924年、アルジェ。映画では、教室でアラブ人のクラスメート、ハムッドがジャックに喧嘩をしかける。小説では、ジャックがアラブ人と争ったというような話は一切出てこない。小学校時代のジャックが喧嘩した話は出てくるが、相手は「ブロンドの髪をした」ミュノだ(新潮文庫版pp. 187-195foliopp. 170-176)。喧嘩のきっかけは、ベルナール先生のお気に入りだったジャックのことを、授業中に「お気に入りめが」«chouchou»とささやいたミュノに対し、ジャックが「決闘」を申し込んだことだった。ジャックはミュノをボコボコにし、校長はジャックに立ちんぼのペナルティを与える。この一件は、「勝者」であるジャックにとっても決して後味のよいものではなかった。「そしてかくして知ったのだ。一人の人間に勝つことは相手に負けることと同じくらい苦いものだから、戦争はよくないということを。さらに教育を完全なものにするために、即座に栄光のあとには失墜があるということを知らされた。」«Et il connut ainsi que la guerre n’est pas bonne, puisque vaincre un homme est aussi amer que d’en être vaincu. Pour parfaire encore son éducation, on lui fit connaître sans délai que la roche Tarpéienne est près du Capitole.»

 

1945年、パリ。映画には出てこないが、小説に出てくるエピソードは、言うまでもなく山のようにある。その中の一つだけを紹介しておこう。

 

1945年に、兵士の頭巾つき外套姿の年配の国土防衛軍の兵士が、パリの彼の家の呼び鈴を鳴らしたが、それはふたたび従軍したベルナール氏であった。「戦争が起こったからではない」と彼は言った。「ヒトラーに反対なのだ。君も戦ったのだね、ちび君。・・・さてこれからアルジェに帰るんだが、会いに来てくれたまえ。」それ以来ジャックは15年前から、毎年ベルナール氏に会いに行くことになった。毎年、今日のように、暇を告げる前に、戸口で彼の手を握る涙もろいこの老人を抱き締めた。ジャックがもっと大きな発見の方に歩んでいけるように、彼を根なし草にした責任を取りながら、彼を世間に送り出したのはベルナール氏であった。(新潮文庫版p. 196

 

・・・lorsqu’en 1945 un territorial âgé en capote de soldat était venu sonner chez lui, à Paris, et c’était M. Bernard qui s’était engagé de nouveau, «pas pour la guerre, disait-il, mais contre Hitler, et toi aussi petit tu t’es battu,・・・, et maintenant je retourne à Alger, viens me voir», et Jacques allait le voir chaque année depuis quinze ans, chaque année comme aujourd’hui où il embrassait avant de partir le vieil homme ému qui lui tenait la main sur le pas de la porte, et c’était lui qui avait jeté Jacques dans le monde, prenant tout seul la responsabilité de le déraciner pour qu’il aille vers de plus grandes découvertes encore. foliop. 177

 

私は、この文章に出てくるデラシネ(根なし草)-文中では「彼を根なし草にする」と動詞形で使われているが-という言葉は、この小説を理解するキーワードだと思っている。

 

1957年、アルジェのアラブ人居住区。映画では、ジャックがかつてのクラスメート、ハムッドを訪ね再会する。小説では、そもそもジャックがアラブ人のクラスメートと喧嘩した話はないし、ハムッドもその息子も出てこない。

 

以上は若干の例示に過ぎないが、私が、「映画版では、小説に全く書かれていないエピソードが挿入されたり、あるいは小説のエピソードが脚色されたりしている」と言う根拠はご理解いただけたものと思う。

 

<次回に続く>

 


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