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最高税率の上限は? [経済]

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201318日付、仏ル・モンド紙に興味深いグラフが載っていた(↑)。米英独仏4ヵ国に関する1900年から2011年までの最高所得税率の長期的推移である(France=フランス、Allemagne=ドイツ、Royaume-Uni=イギリス、Etats-Unis=アメリカ)。見出しには、「オランド政権下の税金は«財産没収的»?」とあり、例のドゥパルデュ事件の関連記事だ。

 

上のグラフは、Thomas Piketty and Emmanuel Saez. “A Theory of Optimal Capital Taxation.” NBER Working Paper Series, No. 17989, April 2012の図2が原資料だが、私には次の点で興味深い。

最高税率は、第1次世界大戦や第2次世界大戦など戦争期に上がる傾向がある。

2次世界大戦後も、米英では1970年代まできわめて高い最高税率が続いた。一般的には独仏は社会民主主義的、米英は新自由主義的といった観念があるが、最高税率に関して言えば、1970年代まではそのように言ってよいか疑問がある。

米英に関してそうした特徴づけが妥当するとすれば、それは1980年代のレーガン、サッチャー時代以降である。

総じて言えば、各国で高度経済成長が実現した1940年代後半から1970年代前半までの最高税率は高く、経済成長率が鈍化した1980年代以降の最高税率は低い。

ちなみに日本の状況について付け加えると、高度成長期より1980年代、1980年代よりそれ以降と、やはり最高税率は大きく減少してきている。ここでも高度成長期より「失われた20年」(1990年代以降)の最高税率が低いのは皮肉なことだ。

最高税率の長期的推移(日本).jpg 

 

「高所得者への課税は能力や努力の報酬に対するペナルティであり、経済成長にとってマイナスである」という主張をよく聞く。私は、上の観察事実からこの仮説を直ちに否定しようとまでは思わない。おそらく、高い最高税率が高度成長をもたらし、低い最高税率が経済停滞をもたらしたと言うのは、いくつか反論の余地がある。しかし一方で、「高い最高税率は経済成長にとってマイナスである」との仮説が十分な実証的根拠に基づかない「俗論」である可能性も疑ってかかるべきだと思っている。例えば、高所得は、必ずしも能力や努力の成果とは限らない。あるいは、そうだとしても、それはパイを大きくするというよりも、同じ大きさのパイのうち自分の取り分を大きくする類いの「能力や努力」かもしれない。さらにまた、低・中所得者の税負担を軽減する方が、消費増加や彼らのリスク・テイキングを刺激し、GDP拡大へのプラス効果が大きいという可能性もあろう。

 

私自身はこの分野の研究をしたことはないが、例えば、Thomas Piketty, Emmanuel Saez and Stefanie Stantcheva. “Optimal Taxation of Top Labor Incomes: A Tale of Three Elasticities.” NBER Working Paper Series, No. 17616, November 2011は、上の仮説(「高い最高税率は経済成長にとってマイナスである」)に対して懐疑的であるべきいくつかの実証的根拠を提示していることを付言しておこう。

 

ル・モンド紙の記事の内容についても簡単に紹介しておこう。主な内容は3つある。

第一は、経済的な観点からみた問題だ。最高税率がどれくらいだと「財産没収的」(une fiscalité confiscatoire)であり、国民の「税に対する同意」(le consentement à l’impôt)を危うくさせるのか。残念ながらこれまでの歴史は必ずしも頼りにならない。冒頭のグラフが示すように、「単純で一義的な答えはない。フランスでも他国でも、税金に対してどれくらいなら我慢できたり、できなかったりするかは、時代や場所、政権の交代によって変わってきた」からだ。

 

第二は、法律的な観点からみた問題だ。フランス憲法には最高税率の限度に関する規定はなく、フランス革命時の人権宣言(la Déclaration des droits de l’homme et du citoyen de 1789)の第13条、「武力を維持するため、および行政の諸費用のため、共同の租税は、不可欠である。それはすべての市民のあいだでその能力に応じて平等に配分されなければならない」(訳文は岩波文庫版に従った)に依拠するしかない。「能力に応じて平等に」の解釈ははなはだ難しいが、記事では、最高税率の限界は70-75%あたりになりそうだ、との見通しを述べている。(ちなみに、日本国憲法では「第30条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う」というのみである。)

 

第三は、最高税率自体がどの程度重要かという問題だ。記事の最後に引用されたピケティの発言がそれを要約している。「われわれは本質的な改革を必要としている。75%という最高税率はオペラグラスのはるか奥の問題だ。われわれは、民主主義と国内の合意に関する深刻なリスクを抱えている。今フランスで主要な問題は、穴の空いた皿の上に度を超えた最高税率を課すことではない。むしろ、われわれの税制と社会保障システムを近代化し、合理化し、強化することだ。それらをより透明なものにするため、皿に盛り直す必要がある。」

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最後に、どこかで聞いた「社会保障と税の一体改革」の話が出てきた。こういうのを「他山の石」と言うのだろう。これは確か、日本の総選挙後の最大の政策課題の一つだったはずだ。しかし、みごとなまでにどこかに吹っ飛んでしまった感がある。ふつうに考えれば、社会保障の給付内容が今より緩くなることはまずあり得ない。政権与党は少なくとも参院選まではそうした国民に不人気な改革を封印するはずだ。しかし、野党やマスコミまでそうした動きに従うというのは、あまりに情けないと言うしかない。

 


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コメント 1

new-wind

税率が高くなれば人間は努力しなくなります。
かつてのソ連やイギリスを見れば明らかです。
文革期の中国もそうです。
努力しても報われないなら、努力しない。
その結果どうなるかは明らかです。
by new-wind (2013-03-01 01:27) 

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