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「わたしを離さないで」(2010年、イギリス映画) [映画]

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カズオ・イシグロ原作の『わたしを離さないで』(Never Let Me Go)。私は、この作品をまず映画で観た。20113月、東京からパリに向かう飛行機の中だった。あまりの衝撃に3回繰り返して観た。実は、小説も買ってはいた。同じ作家の『日の名残り』を買ったとき、「この本を買った人はこんな本も買っています」という例のA社のマーケティング戦略にまんまと引っかかったわけだ。しかし、それは正解だった。帰国後、小説の方も読んだが、映画とはまた別の味があって、よかった。

 

映画の冒頭、奇妙な字幕が出てくる。「1952年、医学界に画期的な進歩が訪れた。不治とされていた病気の治療が可能となり、1967年、人類の平均寿命は100歳を超えた。」 エッ? これって何のこと? と戸惑ううちに、1978年、イギリス、ヘールシャムの一風変わった寄宿学校に舞台が移る。キャシー・H、ルースという2人の女の子とトミー・Dという男の子が、この物語の中心人物だ。

 

小説では、冒頭の字幕に相当する説明がなく、どういう話なのか、なかなか判然としない。しかし、映画では、開始20数分後に早くも具体的な説明がある。ルーシー先生が、生徒たちに次のように話すのだ。

 

「問題は、あなた方に明確な説明がされてないことです。説明はされた。でも理解されていない。ですから理解できるように話します。」「あなた方の人生はすでに決められているのです。大人にはなるけれど、それもわずか。年を取る前に、中年にもならぬうちに、臓器提供が始まるのです。そのためのなのです。大抵は3度目の手術か、4度目の手術で短い一生を終えるのです。」「自分というものを知ることで、に意味を持たせて下さい。」この発言で、ルーシー先生は学校を去ることになった。

 

小説でも、同じシーンは、比較的早く登場する。「ほかに言う人がいないのなら、あえてわたしが言いましょう。あなた方は教わっているようで、実は教わっていません。それが問題です。形ばかり教わっていても、誰一人、ほんとうに理解しているとは思えません。・・・あなた方の人生はもう決まっています。・・・いずれ臓器提供が始まります。あなた方はそのために作られた存在で、提供が使命です。・・・あなた方は一つの目的のためにこの世に生み出されていて、将来は決定済みです。ですから、無益な空想はもうやめなければなりません。・・・みっともない人生にしないため、自分が何者で、先に何が待っているかを知っておいてください」(ハヤカワ文庫版、pp. 126-127)。

 

これに対して生徒は、「『だから何だよ。そんなこと、とっくに知ってたじゃん』という反応が普通でした。でも、それこそが先生の言いたかったことではないでしょうか。わたしたちは、確かに知っていたのです。でも、ほんとうには知りませんでした」(ハヤカワ文庫版、pp. 128-129)。

 

これは、私にも思い当たる節がある。かなり小さいときから、人間はみんな死ぬ、ということは知っていたと思う。でも人間の死や生について、はたしてわかっているのか、と問われれば今でも怪しい。老いについても同様だ。こちらは30代、40代、50代と年を取るにつれ、徐々に実感しつつあるが・・・。

 

この小説の書評はネットで多く読むことができるが、いずれもネタ晴らしを恐れて、奥歯に物の挟まったような書き方になっている。一方、映画では、かなり早い時期に単刀直入に基本的な舞台設定を明かしている。しかし、そうしたからと言って、この作品(映画および小説)の価値がいささかも減じられないところがすごい。事実、私は映画の最後でキャシー・Hが語ったつぎの独白を聞いて、心が激しく揺さぶられた。

 

“What I’m not sure about is if our lives have been so different from the lives of the people we save. We all complete. Maybe none of us really understand what we’ve lived through, or feel we’ve had enough time.” 私にはよくわからない。私たちの人生は、私たちが救っている(普通の)人たちの人生とそんなに違うのかしら。私たちは、(いずれにせよ)みんな死ぬ。たぶん、誰もどう生きてきたか、わかってないんじゃないかしら。誰も、十分な時間がなかったと思ってるのかもしれない。

 

この独白は、小説には出てこないが、イシグロが最も言いたかったのはたぶんこのことだ。臓器移植やクローン人間の倫理性といった問題意識もあるだろうが(実際、小説の最後の方にはその種の議論が出てくる)、より根源的には、この作品はわれわれにつぎのことを問いかけている、と思う。あなた方は、寿命も生き方も予め定められた彼らのことをかわいそうだと思うかもしれない。しかし、彼らは少なくとも世の中に具体的な貢献をしている。しかるに、自分の好きな生き方を選べるという恵まれた境遇にあるあなた方は、はたして意味のある人生を送っているのか?

 

実に痛烈な問いかけだ。たぶん、この映画のインパクトは、私に一生残ると思う。

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YANG

あなた方は、寿命も生き方も予め定められた彼らのことをかわいそうだと思うかもしれない。しかし、彼らは少なくとも世の中に具体的な貢献をしている。しかるに、自分の好きな生き方を選べるという恵まれた境遇にあるあなた方は、はたして意味のある人生を送っているのか?



by YANG (2012-05-23 13:31) 

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