ブリューゲル「バベルの塔」(1563年) [美術]
これは、ピーテル・ブリューゲルの代表作の一つであり、「バベルの塔」を描いた絵画の中でも最も有名な作品と言ってよいだろう。パリのアパートを退去する前、未納だった住民税を12区の税務署に払いに行ったところ、通された徴税官の部屋の壁にこの画の大きなパネルが貼ってあった。「その画は僕も大好きだ」と言ったのが効いたかどうかはわからないが、その後の対応はスムーズに進んだ。
この画は全体の構図が素晴らしいのは言うまでもないが、実は、細部まで丹念に描かれている。ウィーンの美術館で実物を見たとき、私はそのことを十分に認識しなかった。しかし、その後、撮った写真を拡大してみて、あまりにディテールが丁寧に描かれていることを発見し、驚いた。例えば、下の写真は、中央から右下部分の工事現場のようすだが、巻き上げ機や石材、人夫たちが細かく描き込まれている。私が好きな日本の現代画家、原田泰治氏のモットーである「鳥の目 虫の目」を、まさに地で行っている。(ちなみに、私自身、「鳥の目 虫の目」は社会科学においても重要なプリンシプルだと思っている。)
ところで、画題である「バベルの塔」だが、『旧約聖書』「創世記」(第11章)の記述を抜粋しておこう。「世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。」「彼らは、『さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして全地に散らされることのないようにしよう』と言った。」「主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた。」「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」
素直に読めば、これほど痛烈な「反グローバリズム宣言」はないのではないか。旧約聖書の教えに忠実なユダヤ教徒やキリスト教原理主義の人たちは、聖書のこの記述をどのように解釈しているのだろうか。彼らとグローバリズムの強力な推進役である国際金融資本の担い手とは、多分にダブるイメージもあるだけに気にかかる。
そう思っていたところ、ローズ=マリー・ハーゲン、ライナー・ハーゲン『ブリューゲル』(Taschen、2008)の中に、ブリューゲルが当時住んでいたアントワープにおけるグローバル化の進展がこの画を描くきっかけになったとの推測が載っているのを見つけた。「1550年から1569年の間にアントワープの人口はほぼ倍増する。そのうち言語・習慣の異なる外国人の占める数は約千人に上った。外国人に対しては疑わしげなまなざしが注がれる。さらに、教会の一体性が失われたことでも不安と動揺がもたらされた。カトリック教徒だけでなく、カルヴァン派、ルター派、再洗礼派が一緒に暮らすことになったのである。この『多文化』的な社会は、特に宗教面での相互理解の難しさを伴うものだった。この状況をうまく示したモデルだと当時の人々が考えたのが、聖書中のバベルの塔のエピソード(創世記第11章)であった」(pp. 15-17)。グローバル化(この場合は、経済圏の拡大)がもたらす利益と混乱、対立の相克は古くて新しい問題と言えそうだ。
*写真は、オーストリア、ウィーンの美術史博物館にて。
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