SSブログ

増田寛也(編著)『地方消滅』(中公新書、2014年)を読んで [経済]

Masuda.jpg 

世の中には日々いろんなニュースがあり、その中には私の興味や関心を強く惹くものも少なからずある。しかし、だからと言ってその一々をブログで取り上げようとは思わない。事実関係について正確な情報なしに書くのは危険だし、そうかと言って正確な情報を自分で収集するのは大変だ。さらに、正確な事実関係がわかったとしても、今後どのような対策を講ずれば良いか、意味のある提案をするのは難しいことが多い。例えば、この2月に川崎の多摩川沿いで起きた地元少年グループによる中一生殺人事件もそんなケースだ。ただ、ことが自分の専門分野である雇用・労働や経済となると、逃げてばかりもおられない。

 

というわけで、昨年来、論壇や政治の世界で大きな話題となっている「地方消滅」や「地方創生」問題について、若干の感想を記すことにしたい。ただし、予め断っておくと、私はこの難しい問題について具体的にどうしたらよいか、ほとんど妙案を持っていない。

 

     *     *     *

 

この問題が世間の耳目を集めるきっかけとなったのは、おそらく「増田レポート」だ(『中央公論』201312月号、同20146月号。本記事では、これらの内容をまとめ、対談等を加えた増田寛也編著『地方消滅-東京一極集中が招く人口急減』中公新書、20148月を利用する)。最初に、その内容を簡単にまとめておこう。

 

「増田レポート」の最大のウリは、全国の市区町村ごとに将来推計人口(2040年)を独自に予測したことだ。その際、総人口ではなく2039歳の女性人口に注目したところがミソだ。出生数を規定するのは出生率とこの年齢層の女性人口だからだ。彼らの推計によれば、2010年から2040年にかけて2039歳女性人口の減少率が5割を超える自治体は896あり、それを「消滅可能性都市」と名付けた。この条件に、さらに2040年の人口が1万人未満であるとの条件を追加した場合、該当する自治体は523あり、「消滅可能性が高い」とした。例えば、東京23区で唯一リストアップされた豊島区は、2039歳女性人口の減少率は50.8%2040年の人口は27万人と予測されているので、前者の条件には該当するが、後者の条件には該当しない。ただ、マスコミ報道等では、前者の896自治体が全て消滅しかねないような書きぶりが多い。例えば、中公新書の帯にも「896の市町村が消える前に何をすべきか」との見出しが躍っている。

 

こうした予測を基に、増田氏らは何を提言しているのか。まず、基本的な議論の前提として、次の点を確認している(第1章、ただし一部補足している)。

 

日本は2008年をピークに人口減少に転じ、これから本格的な人口減少社会に突入する。そして人口減少はほとんど全ての市区町村で起こる。これは今後出生率が少々上昇したとしても、あるいは移民を多少受け入れたとしても避けがたいことだ。(201040年にかけて人口は16%減少すると予測されているが、それを全て外国人で補おうとすれば今後人口の16%に相当する外国人を受け入れる必要がある。しかし、2010年時点で人口に占める外国人比率は1.3%に過ぎない。)

 

人口減少は不可避だが、将来の定常的な人口水準(安定人口)は今後出生率がどこまで上昇するかに依存する。例えば、2.1への出生率回復が5年遅れるごとに、将来の安定人口は300万人程度減少する。

 

・人口減少の過程で地方から東京への人口移動も生じ、人口の東京一極集中がさらに強まると予想される(人口が東京一極に集中する社会を「極点社会」と名付ける)。この結果、地方の人口減少が加速するだけでなく、長期的には東京も衰退する。なぜなら東京の出生率は全国最下位と低いことに加え(2013年は全国平均の1.43に対し1.13)、地方から新たに流入する若年人口も枯渇してしまうからである。

 

以上の前提に基づく提言はつぎのようなものである(第2章)。

 

マクロ経済政策や地方分権論ではなく、地方に着目した国全体のグランドデザインが必要である。すなわち、「現在の「人口減少」の動きを食い止め、「人口の維持・反転」を目指すとともに、地方が持続可能性を有する人口・国土構造を構築する「積極的政策」と、人口減少にともなう経済・雇用規模の縮小や社会保障負担の増大などのマイナスの影響を最小限に食い止める「調整的政策」とに、同時並行で取り組まなければならない」(p. 41)。

 

「積極的政策」として、人口の維持・反転を目指すため、結婚、妊娠、出産、子育てについて一貫した支援を行う。大都市圏への人口流入の流れを大きく変えるため人口の再配置を目指す。さらに、国内外の高度な人材の養成・獲得に積極的に取り組む(p. 42)。

 

一方、「調整的政策」(「撤退戦」、「止血政策」)として、地方からの人口流出、特に若者流出を防ぐ対策を早急に講じる。具体的には、地方雇用を創出するための産業育成や大学等教育機関の地方分散などが考えられる。また、社会保障の効率化も進める必要がある(pp. 42-43)。

 

これらのうち、大都市圏への人口流入の流れ(あるいは同じことだが、地方からの人口流出)を食い止めるために必要な政策については第3章でより詳しく論じている。

 

「地方において人口流出を食い止める「ダム機能」を構築し直さなければならない。同時に、いったん大都市に出た若者を地方に「呼び戻す、呼び込む」機能の強化も図る必要がある。地方の持続可能性は、「若者にとって魅力のある地域かどうか」にかかっているといえよう。すなわち、「若者に魅力のある地方中核都市」を軸とした「新たな集積構造」の構築が目指すべき基本方向となる」(pp. 47-48)。

 

地方中核都市に再生産能力があれば、人材と仕事が集まってくる。地方中核都市が稼げる場所となれば、周辺の都市にも若者世代が定住できるようになるはずだ。他方、中山間地等は一定程度の人口減少が避けられない。それでも、二次医療圏単位では、高齢者の生活支援とケアサイクルを支えるだけの最低限の医療・介護資源を投入すべきである(pp. 50-51)。

 

地方と大都市の間を人が移動する機会は、「大学や専門学校などへの入学」「最初の就職」「40歳代頃の転職・再出発」「定年」の4つとされている。こうした時期を地方に人を呼び込む好機として捉えるとともに.この4つ以外にも移動の機会を増やす努力が重要である(p. 55)。

 

また、出生率回復のために必要な政策は第4章で論じている。

 

まず、少子化を止めるための基本目標として、「国民の希望する出生率(希望出生率)を実現すること」を掲げたい(p. 69)。現時点の「希望出生率」としては、1.8という水準が想定される(p. 70)。「希望出生率」を実現するためには、まず若年世代が希望通りに結婚し、こどもを産み、育てられるような経済的基盤を有していることが必要となる。20歳代で独身ならば300万円以上、30歳代後半ならば夫婦で500万円以上の年収が「安定的」に確保されていることを目標とする「若者・結婚子育て年収500万円モデル」を作成し、実現を図ることが求められる(p.
75
)。

 

結婚、妊娠、出産、子育てに関する支援も現状は不十分であり、さらなる強化が求められる(pp. 76-80)。同時に欠かせないのが企業における働き方の改革である。育児休業取得に対する障害の除去、長時間労働の是正などが急務である(pp. 80-84)。

 

このほか、第5章では北海道の人口動態に関する分析、第6章では2010年から40年にかけて若年女性人口が増加すると予測される市町村(わずかしかない)の類型化(産業誘致型、ベッドタウン型、学園都市型、コンパクトシティ型、公共財主導型、産業開発型)を紹介している。

 

私は、最初、「中央公論」に載ったレポートを読んだとき、東京への一極集中が個別経済主体(企業や個人)の合理的選択の結果であるにせよ、日本全体の人口減少という長期的な外部不経済を伴うものであるとの指摘を大変興味深く感じた。しかし、一方でそれに対する対応策はこれまで散々言われてきたことばかりで物足りなく感じた。今回の新書本でもその点は同じだ。私も、出生率が2近くまで回復し、人口や産業の集積地が、東京以外のあちこちにもあるという姿は望ましものだと思っている。しかし、そのためにどうしたらよいのか。地方中核都市を軸とした新たな集積構造はなぜできないのか、年収500万円モデルや企業における働き方の改革はなぜ実現しないのか、・・・。「増田レポート」(新書版)をいくら読んでも、玉葱の皮をむいてもむいてもなかなか芯が出てこないような感覚にとらわれる。

 

     *     *     *

 

私は何も「増田レポート」批判をしたくてこの記事を書いているわけではないが(そもそも私自身ちゃんとした対案を持っていないことは冒頭で断っている)、「日経ビジネスONLINE」に小峰隆夫氏(法政大学教授)が面白い記事を書いていたのであわせて紹介したい。まず、2014820日付の「人口が変えるこれからの地域-改めて考える人口問題(7)」の中で、「増田レポート」に関しつぎの3点を批判している。①自治体の存続そのものは政策の目標ではない、②同様の指摘はこれまでも各方面で行われてきており、格別目新しいことではない、③(推計の前提となった)人口の社会移動に関しては不確実性が多い。

 

このうち、小峰氏の論旨とは異なるが、私も①については同様の感想を持った。「増田レポート」における市区町村ごとの将来推計人口予測で、全体の約半分を占める減少率5割超の自治体(896市区町村)や、わずか15しか存在しない人口維持・増加自治体は、いずれも人口規模がそもそも小さい自治体が大半である。したがって、社会移動に関する前提の置き方によって人口の変動率が大きく出るのはある意味自然だ。また、小規模の自治体が本当に公共サービスの維持が困難となるくらい縮小すれば、周囲のより大規模な自治体と合併することになるだろうから、確かに当該自治体は「消滅」するが、その住民が直ちに生活困難となるわけではない。さらに、人口減少社会では、従来の市区町村より広域的な協力、連携が必要となることは自明なので、現在の市区町村区分に過度に拘るべきではない(そもそも、「増田レポート」自体そういうスタンスだ)。

 

小峰氏は、さらに201493日付の「「自治体消滅論」に対する懸念-改めて考える人口問題(8)」の中で、「増田レポート」が引き起こした「自治体消滅論」に関しつぎの4つの懸念を表明している。①東京への一極集中という考えが、あまりにも強くなりはしないか、②集中のメリットが軽視されるようなことはないか、③結果的にバラマキ的な政策が実行されてしまうのではないか、④地方にばかり目が行って、大都市が抱える問題への危機感が相対的に薄れてしまうのではないか。

 

このうち、①と②は同根で、要するに東京に企業や人口が集中するのは経済合理性があるからで、それをムリヤリ地方に分散させるのは効率性を犠牲にするということだ。③、④はその結果生じる非効率性に関連している。集中の合理性としてはサービス業の規模の経済性、情報化に伴う暗黙知の重要性、高齢者にとってのサービス集中の便宜などが指摘されている。

 

私はこうした意見に、一定程度の理があることは認めるが、現在の東京への一極集中ぶりを見た場合、これ以上の集中が日本全体にとって長期的にも望ましいことかどうか、かなり懐疑的だ。例えば、東京では多くの優秀な人材が長時間、相互にきわめて密度の濃いインタラクションをとりながら経済活動を行っているが、果たしてそれが高い付加価値生産性を生んでいるのだろうか。欧米先進国では、人口や産業の集積地が一国内で分散している例が多数あるが、だからと言って日本より1人当たり付加価値生産性が低いわけでは必ずしもない。さらに、「増田レポート」が指摘したように、東京への一極集中が長期的に日本全体の人口再生産にとってマイナスである可能性も高い。

 

実を言うと、小峰氏自身も出生率の回復は望ましいと考えているようで、「少子化対策の決め手は、働き方の構造改革を進めて、従来型の雇用慣行をジョブ型に変えていくことと、女性が就業と子育てを両立できるような環境を整備すること、すなわちワークライフバランス政策を推進することの2つだ」としており(201479日付「少子化議論の鍵を握る「結婚」-改めて考える人口問題(5)」)、この点に関しては、私が「玉葱の皮むき」と批判した「増田レポート」と結局は同じ内容だ(より正確を期せば、「未婚化の背景には若者の雇用問題がある」ことも指摘しているが、これは「増田レポート」で言えば、「年収500万円モデル」に相当する)。

 

     *     *     *

 

私が「地方消滅」や「地方創生」問題をもう少し真剣に考えたいと思い、手始めに上で取り上げたようなレポートや論考をいくつか読んだきっかけは、地域問題をテーマとする研究会に加わり、最近ある豪雪地帯の中山間地を訪問したことだ(下は、その際の宿泊地の写真)。その地域の中心都市T市では、若い市長さんが中心になって、3年に1回、大規模なイベント(芸術祭)を開催し、地域おこし協力隊(総務省)やボランティアとして若い人を都会から積極的に受け入れるなど、地域の活性化に積極的に取り組んでいる様子だった。しかし、地元の若い人たちは、彼(女)らに相応しい雇用機会がないため、地域外に出ざるを得ないケースが多いとも聞いた。

 

子育て環境という点ではもともと地方のメリットは大きい。適切な雇用機会さえ増えれば、若い人の定住も増えると思うが、問題はどのようにそうした好循環プロセスに点火できるかだ。それが難問だ。

 

201503_Uonuma0685c.jpg 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。